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ダートレースの歴史において、最初の名馬はトシハヤだと言われています。デビューは国営競馬。しかし、ここでは1勝止まりに終わり南関東へ。ここで力を発揮し、36勝を挙げる活躍を見せることとなります。
当時はレース体系が整っておらず、同じ名前のレースが年に何回も行われたりしました。その中でワード賞を5勝、川崎記念も5勝、そしてキヨフジ記念(現エンプレス杯)を3勝、そして金の鞍を3勝と驚くべき成績を残しています。当時の南関東はそれほどレベルが高くはなったらしいのですが、トシハヤは種牡馬成績でその優秀さを証明することになります。
まず桜花賞や優駿牝馬を勝ったオーカン。ダイオライト記念、春の鞍、秋の鞍、大井盃(現羽田盃)などを勝ったダイサンコトブキなどが挙げられます。特に、春の鞍と大井盃は名馬オンスロートを破ってのものなので相当価値のある勝利だったと言えます。
また、トシハヤとともに称えられるのがキヨフジでしょう。地方競馬で最初の名牝ではないでしょうか。1950年に川崎競馬場でデビューし翌年国営競馬にチャレンジ、そして優駿牝馬を勝つまでにいたります。生涯成績は83戦して23勝。この成績により、同馬が現役でもあるにかかわらず、キヨフジ記念が創設されました。同レースは1990年まで続けられ、それ以降はエンプレス杯の副称として親しまれています。
奇しくも、トシハヤとキヨフジは1948年生まれ。当時、発展途上であった地方競馬のけん引役を担っていたことは想像に難くないところです。
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