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芝コースとダートコース

日本の競馬には芝コースとダートコースがあります。中央競馬では芝コースが中心、地方競馬ではダートコースが中心にそれぞれ競馬が行われています。では、なぜこのようにはっきりとした二極化が進んだのでしょうか?これはヨーロッパ競馬とアメリカ競馬の発展のしかたに大きく関わっています。

ヨーロッパ競馬は、イギリスの貴族が持ち馬の自慢をし合ったのが始まり。ステークス(掛け金を出し合って勝者がそれを受け取る)という形で馬の能力を競うレースへとなっていったのです。その競った場所が広い平原であったり丘であったり、草木の生えたキレイな場所をコースとしていたようです。そして、競馬場はオシャレな紳士淑女がお酒を片手にレースを楽しむといった「娯楽」として発展していきました。

それに対してアメリカ競馬は、ダートレースの本場アメリカの章でもお伝えしているとおり、大開拓時代は住民が馬を必要としていました。クレーミングレースでは馬の売買が可能なので競馬場へ行けば目当ての馬が見つかる可能性があったわけです。大開拓時代のアメリカの地は「土」ばかりで草の生えているところはほとんどなかったようです。こういった実用的な面も考慮されて、アメリカ競馬はダーレースが中心になったのは先述したとおりです。

さて、話を日本に戻してみましょう。

中央競馬は戦前から公認競馬として認められており、ヨーロッパ競馬をお手本にして発展してきました。横浜の根岸で最初の様式競馬が行われたのも外国人の娯楽のためであったことを考えると、ヨーロッパ競馬との共通項を見つけ出すのはそれほど難しいことではないでしょう。

地方競馬はほとんどが軍馬の生産のためによい馬を選定すべく、道府県単位で特別に開催が認められていました。その流れを現在でも引き継いでいます。当時、優秀な軍馬は土の上を速く走らなければその用に足りないとされていたので、なるほどと共感できます。

したがって、「娯楽のための中央競馬とヨーロッパ競馬」、「実用に扮した地方競馬とアメリカ競馬」という二極化が進んだのもうなずけますね。中央競馬がヨーロッパ競馬をお手本に、そして地方競馬がアメリカ競馬をお手本にしてきたのは当然の流れでありますが、現在ヨーロッパ競馬は衰退しつつあり、かわってアメリカ競馬が世界の競馬の中心となってきているのは先述したとおりです。(世界の競馬はダートレースへを参照)

次の章では日本のダートレースの原点とも言える大井競馬場の歴史をご紹介します。

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