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日本の近代競馬は明治時代にまで遡りますが、アメリカを模範としたダートレースが誕生するのは昭和になってからのこと。なかでも、大井競馬場は馬場担当者が姉妹提携しているサンタアニタ競馬場で研修を受け、本格的なダートコースの開発に取り組み、南関東競馬の発展に貢献したと言えます。
したがって日本のダートレースは、大井競馬場を中心とする南関東を抜きにしては語れません。ここから先は、南関東で盛んに行われtがダートレースが中央競馬とどのように接点を持っていくのかをお伝えしたいと思います。
先述のとおり、大井競馬場はアメリカ競馬をお手本にしています。スターティングゲートを日本で始めて導入したり、他の様々な面でその影響を強く受けています。ダートコースも当初はアメリカ競馬のようなものを目指していたのですが、日本はアメリカと比べて雨が多いということで、そのまま用いることができませんでした。
そこで、アメリカの雨の多い地域で実用されてきた重層構造のダートコースを採用することになりました。下図を見ていただくと分かると思うのですが、下層路盤には荒い砂、というより石みたいな比較的大き目のものを敷き詰めています。その上の上層路盤は、粘着性のある土の層でクッション砂が下にもれないようなつくりになっています。そして1番上にクッション砂を敷き、ダートコースとしているわけです。

正確に言うと、これはアメリカ型のダートコースではなく、日本型のダートコースです。なぜなら、アメリカのダートコースは「土」であり、日本のダートコースは、実際は「サンド」コースだからです。日本型のダートコースの利点は維持費が芝コースほどかからないのと、ハローがけにより簡単にコースをならすことができるといったことが挙げられます。
アメリカのダートコースへ 日本のダートレースはパワー型へ
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